DNA
2008年2月24日(Sunday) 02:06pm 書評 科学予備知識なしに読める圧倒的な分かりやすさで、遺伝子組換えや遺伝子治療など身の回りに迫ったDNA問題を仕組みから根こそぎ理解できる素晴らしい本。
著者は二重らせんを発見したノーベル賞科学者のワトソン。
『DNA (上) (ブルーバックス)』
J・ワトソン
この本が優れているのは、DNA研究をめぐって学界・業界・政界の思惑がいかに衝突してきたかが鮮明に描き出されている点。
これはワトソンが二重らせん以後も重要プロジェクトを率いてきたからできたことだ。
DNA研究がこんな異種格闘戦になったのは、DNAが他ならぬヒトそのものを解明する挑戦だからだ。
この本でその経緯をたどると、DNA論争の混乱に拍車をかけているのが無知・知識不足であることがよく分かる。
話はヒト遺伝学(ヒトDNAの前史だ)から始まるが、20世紀初めの遺伝研究などは学界自体がDNAのメカニズムを一切解明していない状況で人の遺伝について判断を下したためホロコーストのような虐殺にまでつながっていった。
僕らには生命倫理の判断能力はない
僕らはホロコーストを単に歴史の過ちとして片付けることができない。
現在の一般的な日本人はDNAについて何の教育も受けていないから、万一差別思想が蔓延したとしても科学的に否定できないという点では何も進歩していない。
僕自身読んでいて「そうなっているのか」と数ページごとに感心しきりだったが、途中からはいちいち感心している(つまり無知な)自分に非常に問題を感じるようになった。
たとえば、ゲノム解析が急速に進んだ結果、ヒトの遺伝子は個体間で驚くほど違いが少ないことが分かっている。
ヒトのゲノムの場合、ひとりひとりが異なっているのは、一千塩基対のうち約一個にすぎない。私たち人間は、遺伝的には九九.九パーセントは同じであり、これは他の種に比べるときわめてわずかな違いなのだ。
(下巻、p.103)
にもかかわらず、DNA操作が人種差別につながり得ると考えている人はたくさんいる。
いずれDNA教育が普及すれば、「DNAと差別を結び付ける発想は無知ゆえの迷信だった」ということになるのは間違いない。
差別問題だけでなく、遺伝子組換え作物の不安説や安易なゲノム特許、遺伝子治療の反倫理性など、およそDNAが切り拓く新しい可能性はほとんど一般市民の無知によって阻まれており、その片棒を僕ら一人ひとりがかついでいる。
DNA革命のための啓蒙書
そう遠くない将来に産業革命に匹敵するDNA革命が起きるに違いないが、残念ながらそれはギリギリ僕らの死後である可能性が高い。
僕らが「DNAの知識など日常生活に関係ない」と考えているうちはDNA改良技術の普及は進まないだろう。
ワトソンは語る。
一般市民にとってDNAにはどこかしら魔術めいたところがある。DNAは、何か恐ろしくて謎めいたものなのだ。遺伝子の複雑さを理解できないと、人々は不安や陰謀説に流されがちになる。だが、人々がひとたびこれを理解すれば、強力かつ有益な新技術の導入をためらうことはなくなるだろうと私は期待している。
(下巻、p.163)
革命前夜のいま、この本のようなDNA啓蒙書が求められている。
読みものレベルの分かりやすさ、気楽さで、メカニックにDNAの働きを理解できるところまで掘り下げられているのは驚異的だ。
学界と下界の知識ギャップを埋めるとすれば、まさにこうでないといけない。
ワトソンのような人材が世界的にもそういない以上、このような本は他には書きえないだろう。
ごく普通の人にとっては空前絶後のDNA入門書と言える。世間の知識レベルを考えれば少なくとも今後20年はその座は不動だろう。
なおこの本は『ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊』で紹介されていたもの。
DNA
富の未来
ビヨンド
問題はグローバル化ではないのだよ、愚か者
ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊
ロウアーミドルの衝撃
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